備忘録

ー 経済概観、読書記録等 ー

「中流危機」の実態を確認する

 本年9月に放送されたNHKスペシャル『“中流危機”を越えて』は、生活水準や社会階層に関する意識調査*1の結果を参照しつつ、日本の「所得中間層」の実態を取材するものだった。

www.nhk.jp

かつて一億総中流と呼ばれた日本で、豊かさを体現した所得中間層がいま、危機に立たされている。世帯所得の中央値は、この25年で約130万円減少。その大きな要因が“企業依存システム”、社員の生涯を企業が丸抱えする雇用慣行の限界だった。技術革新が進む世界の潮流に遅れ、稼げない企業・下がる所得・消費の減少、という悪循環から脱却できずにいる。厳しさを増す中流の実態に迫り、解決策を模索する2回シリーズ。

 このブログでは、これまで、勤労者世帯を中心に世帯収入の格差を分析してきた。特に勤労者世帯では、収入格差と完全失業率との間に一定の関係性がみられ、格差の問題は(前稿で取り上げた賃金の問題と同様)雇用の問題に直結するものであった。
 ところが、改めて確認した世帯収入の格差(ジニ係数)と完全失業率の関係は、これまでの傾向と異なる。またこの変化は、「この25年」ではなく、ほぼ「この5年」のうちに集約できる。

 完全失業率は、いわゆるリーマンショック期の2009年から、新型コロナウイルスの蔓延が始まる2020年まで、一貫して低下している。一方、勤労者世帯のジニ係数は、2010年代始めは低下する傾向にあったものの、2017年を底にして上昇に転じた。


 もっと単純に、同じく『家計調査』の結果をもとに年間収入階級別の世帯割合をみると、この10年間に、総じて低収入世帯の割合が低下し、年間収入が600万円を超える世帯の割合が上昇している。

 なお、番組では低所得世帯の増加を示すエビデンスが冒頭で示され、意識調査の結果をもとに進行する番組の中で、最初の起点で衝撃的な印象をもたらすものになっていた。過渡期にある日本の年功賃金については以前も取り上げたが、番組では、中間層の割合が低下した理由について、基調的には、日本の雇用慣行が維持できなくなったことを指摘していた。しかし実際には、この10年間、特にこの5年の動きに絞ってみても、低収入世帯の割合はむしろ低下している。これに加え、「この5年」の間に、低収入世帯の世帯主年齢は上昇している。

例えば、継続雇用制度により再雇用された高齢・短時間労働者は、(以前の)高収入世帯から低収入世帯へ移行する。よって、低収入世帯の世帯主年齢の上昇は、働き手となる高齢者が増加したことの反面、と解釈することもできる。また、高年齢化が進めば収入格差は拡大することは、20年近く前から指摘されてきたことであり*2、格差拡大の長期的な傾向は織り込み済み、ともいえる。一方、社会の高年齢化が進行する中、高収入世帯の世帯主年齢が上昇していない*3ことは、雇用慣行の先行きを考える上で注目に値する。

 まとめれば、この5年間、勤労者世帯における世帯収入の格差は拡大する傾向にあるものの、低収入世帯の割合が増加しているわけではない。ただし雇用慣行、特に日本の年功賃金は過渡期にあり、働き手となる高年齢者が増加し若年層の高収入世帯が増える中で、勤労者世帯の格差は長期的に拡大する傾向にあると推察される。

全世帯ベースでみた世帯収入の格差

 上のグラフは勤労者世帯に限るものであるが、年金受給世帯などを含む全世帯ベースでは、それ以前から(完全失業率と相反するように)じわじわと格差が拡大している。

この点に関しては、賃金だけでなく社会給付なども含めて要因を分析する必要があるが、高年齢化が進行していることに加え、(上述の)過渡期にある日本の年功賃金も格差拡大の背景の一つと考えることはできる。また、構造的に停滞する賃金の問題に関連して取り上げられる「リスキリング」や賃金制度の見直しは、賃上げの場合とは異なり、世帯収入の格差の観点からみれば、むしろ格差拡大につながり得る。
 私見では、今後の世論の動向は、格差を受容する方向へと移行する(せざるを得ない)ことになると思われる。

*1:労働政策研究・研修機構『暮らしと意識に関するNHK・JILPT共同調査』(https://www.jil.go.jp/press/documents/20220916.pdf)。

*2:https://www.amazon.co.jp/dp/4532132959

*3:全世帯ベースでみると、高収入世帯の世帯主年齢は低下している。